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テッラです。
今回の記事は、水樹奈々さんの最新アルバム「CONTEMPORARY EMOTION」に収録されている「Blueprint」の歌詞解釈になります。
この楽曲は恋愛をテーマにしたバラードですが、歌詞に散りばめられた手がかりを丁寧にたどることで、楽曲が描いている物語をより具体的に明らかにしていきます。
さらに、タイトル及び物語から浮かび上がってくる楽曲のテーマが、現在開催されている「LIVE VISION 2025-2026」とも深く結びついていることを考察します。
登場人物、ストーリー及びテーマ
登場人物について
ということで、この楽曲は「Blueprint」になります。
歌詞には、「私」と「君」が登場します。
都会で暮らす現在の「私」(女性)が、田舎にいた頃の初恋の相手である「君」(男性)との思い出を振り返るという構図になっています。
初恋の時期は高校生の頃であり、そこから数年が経過していると考えられるため、現在の「私」は20~25歳前後と推定できます。
また「君」は高校3年生で、「私」は1~2年下。
すなわち、先輩と後輩という関係性の初恋として読むのが自然だと私は解釈しています。
大まかなストーリー
「私」にとって、「君」と見上げた流星群の光景は、今でも忘れられない初恋の記憶として胸に残っていました。
都会に出てからも、この季節になると、明るい都会の光にかき消されそうな流星をつい探してしまう。
そのたびに、あの夜の思い出が呼び起こされるのです。
「私」にとっての初恋は、もう二度と戻らないと思えるほどに、危うくて純粋なものでした。二人で過ごした時間は短くても、流星のように強く輝き、忘れ難いものになっていました。
春とともにその関係は途切れ、「私」は深い暗闇の淵に立つことになります。
それでも都会で流星を探し続けた日々の中で「私」は気づいていきます。
どれほど星が流れても、あの頃の純粋な気持ちはもう戻らない。
その事実を受け入れたとき、思い出は過去の痛みとしてではなく、ありのままの形で静かに抱きしめられるものへと変わっていったのです。
そして「私」は、変わらない現実と、心に残ったその記憶の両方を携えたまま、前へ進む準備を整えていく。
かつて「君」と描けると信じていた未来は途中で途切れてしまった。でも、未完成のまま残されたその青写真があったからこそ、今の「私」は自分自身のための青写真を描き始めることができる。この物語は、その地点へたどり着くまでの軌跡を描いています。
テーマとタイトルの意味
① タイトルの意味と「LIVE VISION」との関係
“Blueprint”=青写真、設計図。
かつて「君」から始まる未来を描いていた主人公は、喪失を受け入れたことで、
今度は「自分自身から始まる青写真」を描き直し始める。
これは LIVE VISION が掲げる「過去・現在・未来をつなぎ、未来のビジョンを描く」テーマと重なる。
② 過去を未来の糧にするプロセス
初恋は唯一無二の輝きだったが、失われた痛みの中で長く立ち止まっていた。
時間の中で過去の意味づけが更新され、過去をありのままに受け入れられたとき、主人公は前に進む準備が整う。
③自分だけの「Blueprint」を描くために必要なこと
未来の設計図には、自分が何を大切にしたいかという価値観の核が必要。その核は、過去に「心が強く動いた瞬間」から見えてくる。感情の原点を辿ることが、自分だけの 「Blueprint」を描く第一歩となる。
以上のように、まずは全体の大まかなストーリーやテーマを示しました。
ここから先の項目では、歌詞を一行ずつ丁寧に読み解いていきます。
先ほどまとめた「登場人物」「ストーリー」「テーマ」が、この楽曲のどの表現から導かれるのかを、歌詞の具体的な言葉を参照しながら説明していきます。
本編の歌詞分析
ここからは歌詞の細かい部分まで掘り下げて、フレーズ一つひとつを丁寧に読み解いていきます。
解釈に苦戦したのは、
①2番Aメロ「君の心 留(とど)めるように」
②2番Aメロ直後の「飲み込まれそうだった 暗闇」
③ラスサビ「また星は流れても」
です。自分の納得のいく解釈に至るまでに相当な時間を要したので、「こんなの長くて全部読めねーよ!」って方は、その部分だけでも目を通してもらえると嬉しいです。
イントロ~1番サビまで
<ポイント>
君と見上げた流星の夜とそこで信じていた未来の輝きだけが、今も都会で思い出として静かに蘇る。
淡く遠く 輝きを放った 夢 夢
この歌詞は、主人公の初恋そのものを示しています。
「淡く遠く」
初恋はすでに遠い過去の記憶となり、当時の強烈な実感は薄れてしまった。しかし完全には消えず、かすかに光を残しているような状態を表しています。
「輝きを放った」
当時の恋は、人生で一度しかないほどまばゆく輝いていた。
ただし「放った」と過去形で語られることで、その輝きがすでに現在には戻らないものであることが示唆されています。
「夢 夢」
反復により、「夢のように美しかった」という純粋さと、「叶わなかった夢」というほのかな痛みの両方を同時に表しています。
まとめると、
「初恋は淡く遠くなってしまった。でも、あのときは確かに何よりも強く輝いていた。」
その二面性が、この冒頭の一節に凝縮されています。
真夜中過ぎ 最大になると
流星群の 予報を聞いた
都会の空では 明るすぎて
思い出を 呼ぶだけ
「真夜中過ぎ 最大になると
流星群の 予報を聞いた」
真夜中過ぎにピークを迎える流星群の予報を聞いたことをきっかけに、主人公の現在の視点で物語が動き始めます。
ここで言う「流星群」は一般的なものを指すだけでなく、後述する理由から、ふたご座流星群を示している可能性が高いと考えられます。
「都会の空では 明るすぎて」
都会では街の光が強いため、本来なら見えるはずの流星がかき消され、はっきり見えなくなってしまうことを示しています。
「思い出を 呼ぶだけ」
主語を補うと、
(都会の、流星がよく見えない空は)思い出を呼ぶだけ
となります。
つまり都会で迎える流星群の夜は、きれいな流星を見られるわけではなく、ただ過去の思い出だけがよみがえってしまうという意味です。
ここで大切なのは、主人公がこれまで何度も都会で流星群を見ようとしてきたという事実が、この歌詞から読み取れることです。
何度も見てきたからこそ、
「都会の空では流星は見えない。思い出を呼ぶだけだ」
とすでに知っているわけで、これは一度きりではなく毎年のように思い出してしまうという状況を示唆しています。
「都会の空では流星がよく見えない」という事実を反対に捉えると、田舎の空ではたくさんの流星がはっきり見えていたということになります。
つまり主人公が思い返しているのは、単なる流星群の季節ではなく、初恋の人と一緒にふたご座流星群を見上げた、あの具体的な一夜の記憶であると分かります。
都会で流星を探すたびに思い出の光景だけが蘇るという構図が、この一節で明確に示されています。
ママに嘘ついて 待ち合わせた
少し照れくさい 助手席のドア
君とならば 小さな世界から
飛び出せると…訳もなく信じていた
「ママに嘘ついて 待ち合わせた」
主人公が親の許可なしに自由に外出できる年齢ではないことが分かります。また、通常の時間帯で帰宅できるのであれば嘘をつく必要はないため、外出は夜遅い時間帯であり、帰りも遅くなる状況であると考えられます。
「少し照れくさい 助手席のドア」
「車を運転している人物は「君」です。そのため、「君」は少なくとも18歳以上であると考えられます。
親に嘘をついてまで待ち合わせる関係であり「少し照れくさい」という描写から、二人はごく親密な関係にあったことがうかがえます。
「君とならば」
主人公がもともと小さな世界から外へ出たいという願望を持っていたことが前提として含まれています。
「ならば」は条件を示す語であり、主人公は自分一人では踏み出せないが、「君」と一緒ならできると考えていたことが分かります。
「小さな世界」
主人公が当時暮らしていた田舎の環境や、まだ親の許可が必要な年齢で、行動範囲も狭かった閉じた世界を指していると考えられます。
その世界の外側へ連れていってくれると、理由もなく信じられるほどの存在が「君」です。
主人公にとって「君」は、自分の行動力では届かない場所へ一緒に連れ出してくれる人として描かれています。これらの描写から、「君」は主人公より行動の自由度が高く、経験も上回っている、年上の存在である可能性が高いと考えられます。
「飛び出せると…訳もなく信じていた」
主人公が「信じていた」のは、「君」そのものの価値や特別さというより、「君と一緒なら小さな世界から飛び出せる」という未来の可能性そのものだと考えられます。
つまり、主人公にとっての初恋は、恋の対象が「君」だけではなく、「君と過ごすことで生まれる未来」であり、初恋らしい純粋さを持った想いでした。
紺碧の夜空駆け抜けた流星
君から始まる 未来に焦がれてた
私の危ういほどに ただ純粋な
あの気持ちは 二度と戻らないでしょう
「紺碧の夜空」
紺碧(こんぺき)とは、黒に近いほど深く濃い青色を指す言葉で、「紺碧の夜空」とは、その深い青が一面に広がる夜空のことです。宇宙のように果てしなく広い、深さも感じさせる色合いが特徴です。
この描写は、二人が今いる小さな世界と対比しながら、これから踏み出していく大きな未来のスケールを象徴しています。
「駆け抜けた流星」
流星が夜空を一瞬で走り抜ける強い光を描写したフレーズです。その一瞬の輝きには、二人が共有した特別な時間のまばゆさと儚さが重ねられています。
さらに、流星は一方向に流れて戻らない存在であるため、あの瞬間が二度と戻らない時間だったことを暗示する役割も果たしています。
「君から始まる 未来に焦がれてた」
「君」と出会ったことで開けていく新しい未来に、主人公が強く惹かれていたという意味です。
「焦がれる」は「いちずに激しく恋い慕う、切ないほどに思いを寄せる」という意味であり、主人公が思いを向けていたのは「君」だけでなく、「君といることで広がっていく未来」であることが分かります。
「私の危ういほどに ただ純粋な
あの気持ちは 二度と戻らないでしょう」
初恋の純粋だった気持ちは、二度と戻らないほど唯一無二のものであったことを示しています。
ここでの「危ういほど」とは、強すぎるほどまっすぐだったその純粋さが、勢いと脆さを同時に抱えていたことを表しています。
2番Aメロ~Cメロまで
<ポイント>
君が旅立ったあとも暗闇の中で光のように残ったのは、あの夜ふたりで街を見下ろしたベンチでの時間だった。
春が来れば 旅立ってしまう
君の心 留(とど)めるように
小さな約束 積み重ねた
無邪気さが切ない
「春が来れば 旅立ってしまう」
春は卒業や就職など、大きな環境の変化が訪れる季節です。「旅立ってしまう」とあることから、「君」は高校3年生や大学4年生といった卒業のタイミングにおり、主人公はその旅立ちを見送る状況にあることが示されています。
また、「旅立ってしまう」の「しまう」という表現には、避けられない変化に対するわずかな寂しさが込められています。
「君の心 留(とど)めるように」
「留める」とは、元の状態を保つ・その場にとどめておく・固定させる、という意味になります。
ここで重要なのは、何を固定させたいのかという点です。
なぜなら、助詞である「に」や「を」が省略されており、その解釈によってニュアンスが大きく変わるからです。
省略された助詞を補うと、次の二つの可能性に分かれます。
① 君の心そのものを固定したい場合
助詞を補えば、
「君の心を私に留める」
という意味になります。これは、相手の心を自分の方へ引きとめるような、束縛に近いニュアンスを含みます。
② 君の心の中に“私の想い”を留めたい場合
この場合は、
「君の心に私の想いを留める」
という意味になります。こちらは束縛ではなく、自分の想いが相手の心にそっと残ってくれればよい、というささやかな願いを示す表現です。
では、このどちらが楽曲のストーリーと整合するのか。
次の歌詞を見てみましょう。
「小さな約束 積み重ねた
無邪気さが切ない」
「無邪気に」小さな約束を積み重ねているということは、物理的には離れ離れになる状況であっても、二人で一緒にいる未来を疑っていないということです。
その未来への確信があるからこそ、相手を引きとめるような重い「大きな約束」ではなく、これまでの日常の延長にあるような「小さな約束」を無邪気に交わせているのだと考えられます。
もしこれが相手に依存する初恋であれば、「旅立ってしまう」という状況は主人公に強い不安をもたらし、無邪気さは消えてしまうはずです。
では、なぜ主人公は「君」が旅立つことを分かっていても、無邪気に約束を積み重ねることができたのでしょうか。
この初恋は「君といることで開けていく未来」への期待から生まれた恋です。
つまり主人公は、君が旅立つことを恐れているのではなく、その先の未来を自然に信じているのです。
以上をふまえると、「留める」の解釈として適切なのは、
「君の心に私の想いを留める」
ということになります。
では、主人公はどのような想いを「君」の心の中に留めたいと願ったのでしょうか。
前の歌詞には「春が来れば 旅立ってしまう」とあり、そこには一抹の寂しさが含まれています。ただしそれは関係が終わる寂しさではなく、環境が変わることで今の形が終わってしまうことへの小さな寂しさです。
二人で過ごしてきた時間があまりに尊く、かけがえのないものだったからこそ、その愛おしさがわずかな寂しさとして表れたのだと考えられます。
その寂しさを受け止めたとき、主人公の心には、
「距離が離れても気持ちは変わらない」
「これからも同じ未来を一緒に歩んでいく」
という未来への確信が、いっそう強く刻まれます。
そして、その確かな想いこそが、「君」の心の中にそっと留まっていてほしいと主人公が願ったものだと考えられます。
主人公は、二人で一緒にいる未来がこれからも続いていくと信じていました。別れなんて訪れるはずがないと、本気で思っていたのです。
しかし、あの頃無邪気に積み重ねていた小さな約束が、今振り返ると切ないものになってしまった。
その理由は、このあとに続く歌詞に示されていました。
飲み込まれそうだった 暗闇
これまでは、初恋の淡い思い出を振り返る描写が続き、懐かしさや切なさはあっても、強いネガティブな表現は見られませんでした。
しかし、ここで突然「暗闇」という語が現れます。それも、「飲み込まれそうだった」ほどの「暗闇」です。
楽曲では夜空のイメージが繰り返し用いられているため、この暗闇はブラックホールのように深く、いったん落ちれば二度と戻れないほどの圧倒的な闇を想起させます。
つまり、主人公は、何らかの理由でその淵に立つほどの心境に追い込まれていたのではないでしょうか。
では、その「暗闇」は何を示しているのか。
それは 「君との別れ」 にほかなりません。
別れによって、主人公は二度と立ち直れないかもしれないほどの深い喪失感に陥った、と考えることができます。
そして、この一行だけが独立して置かれ、さらに語順を逆にして名詞である「暗闇」を文末に据えている点も重要です。
あえて「暗闇」を最後に置くことで、その存在感と迫りくる感覚を強く残し、直接「別れ」とは書かなくても、別れの悲しみの深さがより印象的に示される効果を生んでいるのです。
この別れによる「暗闇」の深さによって、次のブロックで描かれる描写がより強く光り輝くことになります。
街見下ろすベンチで
肩を並べて
冷めてくカフェラテ 触れた指先
流されずに染まらず 青い果実のよう
大人になれると 疑わなくて
ここで描かれる「街を見下ろすベンチで」の場面は、「ママに嘘ついて」「助手席のドア」で始まった夜の外出の流れの中で起きた出来事と読むのが自然です。
二人は夜遅くに車で出かけており、その行き先が街を見下ろすような場所だったと考えるのが最も整合的だからです。
それをふまえて、細かく歌詞を見ていきます。
「肩を並べて」
物理的に隣り合って座っている様子を示す表現であり、二人の距離がごく自然に近いことを意味しています。
この距離感は、緊張や遠慮ではなく、互いに心を許し合っている関係であることを示唆します。
「冷めてくカフェラテ」
「冷めてく」とあることから、もともとは温かい飲み物であり、時間がゆっくり流れている夜の寒さが感じられます。カフェラテという選択にも、どこか初々しい気配があります。
想像の域は出ませんが、カフェラテは二人が途中で立ち寄ったコンビニや自販機で「君」が買ってきたものだとも読めます。
少し大人ぶって自分はブラックを選び、主人公には「甘いの好きでしょ」と言うような、ささやかな優しさや背伸びがあったのかもしれません。
そうした情景を自然に想像させるあたりに、この楽曲が持つ初恋の空気感が漂っています。
「触れた指先」
偶然かもしれないほどのささやかな接触でありながら、二人の距離が確実に近づいていたことを示す描写です。あくまで触れただけという控えめな表現に留まっている点が重要で、二人の関係がまだ初々しい段階であったことを示唆しています。
また、「触れた指先」という細部まで記憶していることからも、このベンチで過ごした時間が主人公にとってどれほど特別なものであったかが伝わってきます。
「流されずに染まらず」
誰の意見にも流されたくない、誰の色にも染まりたくないという、思春期特有の強い自意識を示す表現です。
「青い果実のよう」
まだ熟していない未成熟さを示す比喩です。思春期の不安定で背伸びをしたい気持ちや、強い自意識を抱えながらも実際には大人になりきれていない状態を表しています。
「流されずに染まらず 青い果実のよう
大人になれると 疑わなくて」
上記の解説と合わせて、このフレーズの意味のつながりを分かりやすくすると、下記のようになります。
「誰の意見にも流されたくない、誰の色にも染まりたくない。そんな青い果実のように未熟だった自分は、大人になれると根拠もなく信じていた。」
つまり、未熟だったからこそ抱けた無根拠の自信を、今の主人公が振り返っている描写です。
では、なぜ主人公は無根拠にも「大人になれる」と信じていたのか。
それは、君と肩を並べて見た広大な夜空が、自分たちの未来を確かなものとして感じさせたからだと考えられます。
青い果実のようにまだ未熟で、自分ひとりでは世界の広さも分からなかった主人公が、君と並んで街を見下ろしたことで、自分たちはこの先の未来へ進んでいけると自然に信じられた。
そんな未熟さを抱えた主人公にとって、その夜は未来に希望を抱ける特別な時間だったのです。
ここまでの描写から分かるように、二人の恋は若さゆえの純粋さと未熟さが強く示されてきました。
このことから、「君」は卒業を控えた高校3年生であり、主人公はその一つ下、あるいは二つ下の学年にあたる後輩という関係性が自然に浮かび上がってきます。
ラスサビ
<ポイント>
流星のように輝いた初恋を胸に、もう戻らない気持ちを受け入れて、主人公は静かに未来へ歩き出していく。
紺碧の夜空駆け抜けた流星
まるで私たち ふたりみたいだった
短く でも永遠のように煌めいた
あの奇跡を 君は憶えている?
「紺碧の夜空駆け抜けた流星」
深く広い夜空を背景に、一瞬で光を走らせる流星を描いたものです。
果てしない未来の広がりと、その中で強く輝いた二人の時間の特別さと儚さを象徴しています。
「まるで私たち ふたりみたいだった」
流星の一瞬の強い輝きとその儚さを、当時の二人自身に重ねた表現です。
短い時間でも確かに光っていた関係であり、未来を信じられるほど特別だった。その感覚を「流星みたいだった」という比喩で示しています。
「短く でも永遠のように煌めいた
あの奇跡を 君は憶えている?」
二人で過ごした時間は実際には短いものだったが、当時の主人公にとっては永遠に思えるほど強く心に残った出来事だったことを示しています。
その特別な瞬間を「奇跡」と呼び、今も「君」の記憶に残っているのかどうかを問いかけることで、主人公の切ない想いが表れています。
「君」は春に旅立ち、進学や就職で都会へ出たと考えられます。そして主人公も現在は「都会の空」を見上げている。
そばにいない今でも、もしかしたら同じ空の下で「君」もあの夜を思い出しているかもしれない。
そうした想いが、「君は憶えている?」という言葉に切なさを与えています。
最初で最後の恋でかまわない
君から始まる 未来に焦がれてた
私の危ういほどに ただ純粋な
あの気持ちは 二度と戻らないでしょう
「最初で最後の恋でかまわない」
この恋を超える経験はきっともう訪れないと感じるほど、心に強く残った恋だったことを表しています。
別れを経た今でもその感情の深さは色褪せず、主人公にとって生涯忘れられない初恋だったことを示す一行です。
「君から始まる 未来に焦がれてた
私の危ういほどに ただ純粋な
あの気持ちは 二度と戻らないでしょう」
1番サビと同じ歌詞です。すでに説明したように、「君」といることで開けていく未来に強く惹かれていた主人公は、初恋ならではのまっすぐで純粋な気持ちを抱いていました。その気持ちはもう戻らないのだと、今は振り返っています。
また星は流れても
ようやく最後の歌詞までたどり着きました。この歌詞は楽曲のテーマを象徴する重要な一行です。丁寧に紐解いていきます。
このフレーズは直前の歌詞と倒置の関係にあると考えるのが自然です。順番を入れ替えて読むと、次のようになります。
「また星は流れても、私の危ういほどにただ純粋なあの気持ちは二度と戻らないでしょう。」
都会で暮らしている主人公は、冬になると毎年のように、かつて二人で見た流星群の夜空を思い出していました。
もし流星を見ることができれば、失われた初恋の気持ちの一部でも取り戻せるのではないか、そんな思いがどこかにあったのかもしれません。
しかし、都会の明るさの中では、一度も流星を見ることができなかった。
つまり、「また星は流れても」とは、たとえあの時二人で見たような流星に再び巡り合えたとしても、初恋のときに抱いた純粋な気持ちはもう戻らない、という意味になると考えられます。
ここで主人公は初めて、過去の輝きがどれほど鮮烈であったとしても、時間は決して逆戻りしないという事実を受け入れます。
しかし、これは喪失ではなく受容です。
戻らないとわかったからこそ、ようやく前へ進める。
あの夜の気持ちを追い求めるのではなく、今の自分として未来を歩き始める準備が整っていく。
つまり「また星は流れても」は、過去への別れと前へ進むための受容をつなぐ重要な転換点となっているのです。
全体的なテーマに関する考察
ここでは、タイトルの意味や「LIVE VISION」とのつながり、そして楽曲全体のテーマについて掘り下げていきます。
①タイトルの意味と「LIVE VISION」との関係
②過去を未来の糧にするプロセス
③自分だけの「Blueprint」を描くための必要なこと
これらは、楽曲の世界観に寄り添いながらも、私自身の考え方が色濃く反映された考察寄りの内容です。「は?こいつ、何言ってんの?」って思われる部分が多々あるかと思いますが、もしよければ読み流してやってください。
タイトルの意味と「LIVE VISION」との関係
“blueprint” とは「青写真」「設計図」を意味する言葉で、もともとは建築用語ですが、現在では「将来の計画」「未来の構想」といった意味でも広く使われています。
楽曲では「君から始まる未来」というフレーズが繰り返され、主人公は「君といることで開けていく未来」という青写真を思い描いていました。しかしその青写真は完成することなく、恋は途中で終わってしまいます。
けれど主人公は、その喪失を受け入れたことでようやく前に進み始めます。
それは「君から始まる青写真」ではなく、「私自身から始まる青写真」を描き直す第一歩でもあります。
「LIVE VISION」 のテーマは「過去・現在・未来がつながり、その先のビジョンを描くこと」。
「Blueprint」もまた、過去の痛みを受け入れ、それを未来の力に変え、自分自身の VISION=青写真を描き始める物語です。
つまり「Blueprint」は、「LIVE VISION」と同じ軸で語られる「未来を見つける物語」 と言えます。
過去を未来の糧にするプロセス
では、過去をどのようにして未来への糧にすればよいのか。
楽曲のメッセージをより深く理解するために、そのプロセスについて、主人公の心境に寄り添いながら私なりに考えてみました。
この初恋は、「最初で最後の恋でかまわない」と思えるほど強く心に残り、その時抱いた純粋な感情も「二度と戻らないでしょう」といえるほど唯一無二でした。
だからこそ主人公は、毎年のように流星群の空を見上げ、もう戻らないその感情をどこかで追い求め続けていたのだと思います。
その痛みは喪失の痛みであり、同時に未熟だったゆえの痛みです。
こうした過去の痛みは、すぐには癒えません。
しかし、大きな喪失ほど前を向けない時間がより必要になってきます。
「なかなか前向きになれないな」と感じるとき。
その心の奥には、本当は前に進みたいという静かな願いがあるはずです。
過去が大切だったからこそ、思い悩み、葛藤が生まれる。
それは後ろ向きではなく、むしろ前に進みたい気持ちの裏返しなんですよね。
ただ、それでも時間は流れていきます。
主人公も今では「君」と同じように都会で暮らしています。あの夜に抱いた「小さな世界から飛び出せる」という確信を、自分の力で現実にしたわけです。
別れによって暗闇に飲み込まれそうだった主人公がなんとか踏みとどまれたのも、そんな日々の歩みがあったからなのでしょう。
積み重ねてきた小さな選択のひとつひとつによって、過去の意味付けが少しずつ更新され、痛みもゆっくり薄まっていったのだと考えます。
「最初で最後と思えるほどの恋を自分は経験できたんだ。それだけの想いを自分は持つことができたんだ。」
「自分は青い果実のように未熟だった。でも、未熟だったからこそ出せた純粋さもあった。」
「あの時の二人で過ごした夢のような時間は思い出になってしまったけど、その時間は自分にとって宝物のような時間。」
このようなプロセスを辿って、やっと主人公は第一歩を踏み出す準備が整ったのではないでしょうか。
自分だけの「Blueprint」を描くための必要なこと
主人公は「もう戻らない」という喪失を受け入れたことで、ようやく「0」の地点に立つことができました。
では、この「0」をどう未来の「プラス」に変えていくのか。
青写真(Blueprint)を描くには、どんな未来を望み、何を大切にしたいのかという価値観の核が必要になります。設計図で例えると、洋風の家にしたいか、和風の家にしたいか、みたいな感じです。
その価値観は、過去の出来事を丁寧に振り返り、そのとき自分の心が何に強く動いたのかを知ることで、初めて見えてくるものです。
主人公が初恋を大切に思い続けたのも、その恋の中に自分が大切にしたい価値があったからこそ。
感情は嘘をつけません。何に心が震えたのか、何を失ったとき痛みを覚えたのか。
そこにこそ、未来の設計図の基礎が眠っています。
たとえばオタク趣味で言えば、いわゆる「推し」を好きになったきっかけに近い感覚かもしれません。
私の場合で言うと、水樹奈々さん(私にとっては一般的な意味での「推し」ではありませんが)のファンになったきっかけは「LIVE UNIVERSE」で聴いた「NAKED FEELS」です。
サビの「Do you feel my heart?」の部分の裏声をライブで聴いた時、瑞々しいほどの透明感と美しい響きに雷を受けたような衝撃を覚えました。
頭にギガデイン直撃です。
これをきっかけに奈々ちゃんのファンになったわけですが、このことから分かる奈々ちゃんへの「好き」の原点は、脳天をかち割られるような、それほどまでに感情を揺さぶる歌唱力と表現力、奈々ちゃんのミドルテンポやバラード曲への愛情、ということになります。
そして、その原点が今も変わらず奈々ちゃんを応援し続けている理由の一つになっています。
オタクの自分語りすいませんw
つまり、感情が動いた原点を辿ることで、自分の未来の青写真が見えてくるということなのかなあと。ちなみにですが、このような湧き上がる感情の大切さって「CONTEMPORARY EMOTION」のコンセプトとも一致してますよね。
流星群、初恋、「全力DREAMER」との関係について
この項目では、本編では触れきれなかったテーマを補足的に掘り下げていきます。あくまで追加の考察ですので、読み飛ばしても問題はありません。
①作中で描かれる流星群はどの流星群なのか
②主人公にとって初恋はどんな恋だったのか(そして一度は成就したのか?)
③「全力DREAMER」と「Blueprint」に見られる共通点
以上の3本です。
作中で描かれる流星群はどの流星群なのか
既に本編中で述べたように、二人が見たのは「ふたご座流星群」となります。
では、「流星群」が描写される歌詞を改めて振り返ってみましょう。
真夜中過ぎ 最大になると
流星群の 予報を聞いた
歌詞では、流星群の状況が「予報」によって知らされているため、ニュースでピーク時刻が報じられるほど有名な流星群であることが分かります。
次に季節です。歌詞に「春が来れば 旅立ってしまう」「冷めてくカフェラテ」とあることから、寒い季節(11月~3月)であると推定されます。
この季節に見られ、なおかつニュースでピークが取り上げられるほど有名な流星群は次の二つに限られます。
ふたご座流星群(12月)
しぶんぎ座流星群(1月)
ここから、どちらが歌詞と整合するかを比較します。
ふたご座流星群:夜の早い時間から観測可能で、23時頃から増え始める
しぶんぎ座流星群:ピークは夜明け前(午前3~5時)
つまり、歌詞の「真夜中過ぎ」という描写と一致するのは「ふたご座流星群」です。
さらに、
・毎年安定して多くの流星が見られる代表的な流星群であること
・規模が大きく、ニュースでピーク時刻が取り上げられやすいこと
・同じ冬のシーズンに、すでに有名なふたご座流星群があるのに、それを飛ばして1月のしぶんぎ座流星群だけを特別視するのは不自然であること
これらの点からも、歌詞に登場する流星群は、しぶんぎ座流星群ではなく、ふたご座流星群と考えることができるでしょう。
全然関係ないんですけど、ふたご座流星群とかは全然見たことないんですが、ニコニコ動画流星群なら星の数ほど見てます。
主人公にとって初恋はどんな恋だったのか
主人公にとっての初恋は、恋の対象が「君」そのものよりむしろ、「君と過ごす未来」の方に重心が置かれていました。
言い換えると、君という人物の魅力に恋したというより、君といることで感じられる未来への期待に恋をしていたということになります。
このような「未来に惹かれる恋」はとても初恋らしい初恋であると言えます。それはなぜか。下記のようにまとめることができると思います。
・自分の世界が狭い時期だから
主人公は「小さな世界」におり、外の世界をほとんど知らない年齢です。そんな時期に自分が知らない世界へ連れ出してくれるかもしれない存在が現れたら、その相手に対して未来を信じるという形で恋が生まれるのは自然であるといえます。
・初恋は「相手そのもの」よりも「その人といる時の自分」に惹かれやすい
初恋の頃は経験が少ないため、相手の人間性を深く理解して惚れるというより、相手と居ると自分が変われる気がする、そんな自己変化への期待が恋心の中心になることがあります。
・初恋は具体的な人間理解より憧れや未来像が先行しやすい
経験値が少ない初恋では、相手の全体像を深く知って惹かれるというより、その人と歩む未来のイメージに心が動かされることが多いと考えられます。
つまり主人公は、相手に盲目的に惚れ込んでいるわけではなく、自分の未来が変わるかもしれないという高揚感によって支えられた初恋を経験しているということです。
では、主人公の初恋は一度は成就したのでしょうか。簡単にいうと、ちゃんと付き合えたのか。
うーん、分からないですねw
断定できる描写はなさそうなんですよね。
主人公にとって、最も光り輝いていた記憶って街見下ろすベンチのシーンです。
そのシーンでは、「触れた指先」という描写があります。
なんかもう、めちゃくちゃ初々しい!!!
そのもどかしい距離感ってあまりに青春すぎるほど青春で、「うまくなりたい!」って絶叫しながら宇治橋を猛ダッシュしたいくらいですが、これって、付き合う前はもちろん、付き合った直後でも当てはまりませんか?
私は、美少女ゲーム(婉曲表現)を嗜んでいるんで分かるんですよね。
初恋だったら、そういう、プラトンもびっくりなプラトニックラブもあると思うんですよ。
まあ、楽曲のテーマを考えると、付き合ったのか付き合わなかったのかをはっきり示すことは無粋の類になるでしょう。むしろ両方の余地を残すことで、物語は美しくなると思います。
「全力DREAMER」と「Blueprint」に見られる共通点
過去を受け止め、それを未来の力に変えるという視点に立ったとき、同じ奈々ちゃんの楽曲である「全力DREAMER」のメッセージに、そのヒントがあるのではないかと、ふと思い至りました。
「まるで初恋のよう」
まさに初恋のときの全力で一途だった気持ちが未来への原動力なるというメッセージが込められています。
「忙しなく巡る回線-思考-は少しオフにして 心の音を曝け出せ!」
ここには、感情の原点を見つめ直し、自分の心の声に静かに耳を澄ませることの大切さが示されています。
「正解は自分にしかないのに」
これは、「君から始まる青写真」 ではなく、「私自身から始まる青写真」 を描く主体性の重要性と重なります。
「酸いも甘いも味わいながら」
「青い果実」だった頃の未熟な自分を受け入れ、もう戻らない痛みを抱えながらも、前へ進んでいく強さを象徴しています。
こうしたメッセージを踏まえると、過去を受け入れた主人公が、やがて晴々とした気持ちで未来へ向かい、再び歩き出す姿が見えてきます。
その歩みは、「全力DREAMER」の言う「挑み続ける」「探し続ける」という前向きな姿勢へと自然につながっていくのだと思いました。
おわりに
最後まで読んでくれた人、いますか?
大変な長丁場になってしまいました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!
私の解釈及び考察はあくまでいちオタクの戯言に過ぎません。「こんな意見もあるんだな」くらいの気軽な気持ちで思って頂ければと。
ツアーが始まる前から歌詞解釈を進めていて、一度は大まかな形が固まっていました。初日・北海道の打ち上げでは、その解釈をメンバーに披露して感想を聞いたりもしていたんですが。
そこから、まさかの新たな疑問が発生し、当初の解釈を大幅に見直すことに。
9割完成していたので、「ここまで来てお蔵入りか?!」と一瞬焦りましたが、なんとか走り切ることができました。
どうしても今週末に開催される愛媛公演までに完成させたかったんですよ。
というのも、私の解釈にはなりますが、二人が見てたのってふたご座流星群です。ふたご座流星群のピークは12月14日夜から15日明け方。
愛媛公演は12月13日と14日。ぴったり重なるんですね。
まあ天候は微妙そうなので、実際に見られるかどうかは分かりませんが。
それにしても、今回の「LIVE VISION」での「Blueprint」の映像演出、すごくないですか?!
あまりに感情移入してしまって、普通に泣きました。
そんなこんなで、とりとめのないあとがきになってしまいましたが、まだ奈々ちゃんの描く「VISION」は掴みきれていませんw
奈々ちゃんとの「Blueprint」を描けるように、これからのツアーも全力で、真剣マンで頑張っていきたいと思います!