水樹奈々・水瀬いのり研究部

水樹奈々、水瀬いのりについての研究データがメイン。その他、聖地巡礼、別子銅山、新居浜太鼓祭りなど。

水瀬いのり「BLUE COMPASS」歌詞解釈前半~心の羅針盤が持つ意味~

おはいのり!ひるいのり!よるいのり!(限定解除界隈)
テッラです。


今回の記事は、水瀬いのりさんの「BLUE COMPASS」という楽曲の歌詞解釈です。
前回の「八月のスーベニア」に続き、歌詞解釈の記事としては2本目になります。

本記事は前後編の2部構成となっており、前半ではこの楽曲が描く物語を下記の観点から整理していきます。

・歌詞に描かれた情景
・心の動きの変化
・海や風などのメタファーの解読
・歌詞に込められたテーマの深掘り
・タイトルに込められた意味


後半では、前半で試みた解釈をを軸に、この10年間のいのりちゃんの歩みを振り返ります。歌詞のテーマと響き合う出来事や心境の変化を、インタビューなど本人の発言を参考にしながら整理していく内容です。

本記事は、上記のうち、前半の記事になっております。
拙い部分もあるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ幸いです。

 

 

はじめに

ということで、今回取り上げる曲は「BLUE COMPASS」です。

BLUE COMPASS」は、2018年5月23日に発売された2枚目のオリジナルアルバム「BLUE COMPASS」に収録されている楽曲であり、「Travel Record」において約5年ぶりに生ライブで披露されました。

ここで少し個人的な話をすると、「BLUE COMPASS」は私のとても大好きな曲であると同時に、初めていのりちゃんのライブに参加した「BLUE COMPASS」ツアーで、最も強く心を動かされた曲です。

いわば、いのりちゃんのファンとなったきっかけの曲であり、私にとって「BLUE COMPASS」はいのりちゃんの楽曲の中でも特別中の特別な存在なのです。

そんな特別な楽曲でありながら、生のライブで聴く機会は5年間ありませんでした。

アーティストデビュー5周年記念ライブ「Starry Wishes」での歌唱がありましたが、あくまで配信ライブであり、その完成度があまりに高かった分、なおさら生で聴きたい気持ちが募っていました。

そんな状況で迎えた「Travel Record」初日の兵庫公演は、忘れられない旅の記録となりました。斜幕に映った泡を目にした瞬間の鼓動の高鳴りを心電図で表したら、きっと波形が突き抜けて宇宙まで届いてたことでしょう。

毎公演、「BLUE COMPASS」を聴く度に涙腺が崩壊し、ライブのない日でも気づけば「BLUE COMPASS」のことばかり考えるようになっていました。

この想いを、ツアーが終わるまでにどうしても言葉として残しておきたい、そう考えた結果、歌詞解釈という形でまとめたのが本記事です。

前後半共に1万字を優に超えてしまいました。なかなか全部を読んで頂くことは難しいかもしれません。

でも、自分なりに「BLUE COMPASS」といのりちゃんへのありったけの愛を込めて書き上げました。

少しでも読んで頂き、「BLUE COMPASS」といのりちゃんのことを、今よりももっと好きになれる一助になれば幸いです。

 

テーマと登場人物

まず、楽曲のテーマですが、人生を航海にたとえ、過去の迷いや停滞を抱えながらも、
自己と向き合うことで自分の指針を見つけ、その指針を手に、他者と共に未来へと出発していく物語、であると考えました。

次に、登場人物については、本記事は下記のように解釈しました(詳細は後述します)。


「自分」…迷いや葛藤を抱えた個人
「君」…迷いや葛藤を抱えた個人の心のもう一人の自分(=未来の自分)
「僕たち」「僕ら」…自分以外の他者及び過去・現在・未来の自分が統合された個人

以上のことを前提として、次項は具体的な歌詞の意味ついて解説していきます。

1コーラス目Aメロ

ポイントまとめ

未来の展望を失い、自分を肯定できなかった過去の自分に対し、現在の自分が「未来は変えられる」という小さな希望をそっと手渡す場面。その一歩が実際に明日を変えたことを示している。

フレーズごとの解釈

変われるはずないなんて思ってた
あの日のうつむく自分に
でも手をのばせば変わる明日があるってこと
教えてあげたい


過去の自分を回想し、現在の自分から過去の自分に語り掛けている一節ですが、下記のように区切ると分かりやすくなります。

変われるはずないなんて思ってた
あの日のうつむく自分に でも手をのばせば変わる明日があるってこと教えてあげたい

①について
「変われる」という表現は、「人は変われる」のように、その人の性格や考え方などが変化する可能性を示します。また、その変化は一般的に良い方向への変化というニュアンスが含まれます。

ここで「思ってた」と過去形になっているのは、現在の自分が過去を振り返ったときに、当時は自分の変化を想像できていなかったという事実を暗に示しています。

例えば、

「引っ込み思案の自分は、変われるはずないと思ってた(でも今は社交的な自分になれた)。」

言い換えると、

「引っ込み思案の自分は、(社交的な自分に)変われるとは思ってもいなかった。」

というように、過去形で語られる「思ってた」は、現在の自分が変化したからこそ言える回想になっているということです。


②について
まず、「変わる明日」という表現ですが、①の「変われる(自分が変わる可能性)」とは異なり、自然な変化を意味する「変わる」という表現になっています。

また、対象が自分ではなく、「明日」(=これからの環境)に置かれてることから、「変わる明日」とは、自分の行動や心の変化によって、周囲の状況や未来そのものが変化していく可能性を示す表現になっています。

次に、「手を伸ばせば」の「手を伸ばす」とは、自分から行動を起こすという主体的な動きを表した比喩であり、その最初の一歩を表していると考えられます。

では、直前の「でも」という逆接表現をふまえて「うつむく自分」がどんな自分であったかというと、自ら行動する発想を持てず、希望や方向性を見出せない状態の自分だったのではないでしょうか。

ここで、改めて過去の自分が置かれていた状況を確認します。

①変われるはずないと思ってた自分
②うつむいていた自分

この二つの間に、どちらが原因でどちらが結果であるかという明確な因果関係は読み取れません。しかし、両方に共通していたのは、自分を肯定できない心境と環境そのものの困難が重なり、未来への展望や方向性を持てない状態にあったということです。

そんな立ち止まっていた過去の自分に対して、 「最初の一歩が本当に明日を変えたんだよ」 と今の視点から「教えてあげたい」と語っているわけです。

1コーラス目Bメロ

ポイントまとめ

試練や逆境の中でも前進する意志は芽生えている。しかし、まだ自分の指針が定まっていないため、思うように進めず、もどかしさが続いている。Aメロで描かれた自分からは前進しているが、まだ変化の入口で、揺れながらも進もうとしている段階を表している。

フレーズごとの解釈

風が吹いてる 少し痛いけど 

主人公は人生という航海の途中で、「風が吹いてる 少し痛いけど」という状況にいます。ここでの風は、主人公が直面している試練や逆境を象徴しています。

ただ、「少し」とあることから、その試練は乗り越えられないほど大きなものではなく、まだ前へ進む力を失うほどではない、受け止められる程度のものだと読み取れます。

 

どうすれば心指す方へ

この一節ですが、まず、前後の文脈から省略されている部分を補うと次のようになると考えられます。

(試練や逆境に直面しているけど)どうすれば心指す方へ(行けるのだろうか。)

さらに「けど」という逆接が意味するところを明確にすると、

「試練や逆境に直面しているけど、それでも心指す方向へ行きたい。けれど、まだ自分の指針が分からず、どの方向へ向かえばいいのかも分からない。どうすれば心指す方へ行けるのだろうか。」

つまり、厳しい環境に置かれた中でも前進する意志はある。でも、自分の指針がまだ見つかっていないために、進む方向が分からず葛藤している心の状態を表した一節だと考えられます。

 

夢のなか走ってるみたいに 思うようには前へと進めなくて

この一節における「夢」ですが、睡眠時に見る「夢」であり、非現実的な状態・思うように体が動かない感覚を指す比喩です。つまり、前に進みたい気持ちは確かにあるのに、実際の行動が思うように伴わないもどかしさを示しています。

「どうすれば心指す方へ」では前に進みたいけど、「夢のなか走ってるみたいに」実際には思うように前に進めない、という一貫した流れになっています。

1コーラス目サビ

ポイントまとめ

希望はまだ手の届く場所にはないが、いまの自分の限界の向こう側に確かに存在していると感じ取る場面。水平線に満ち始めたわずかな色は、未来が動き出す予兆となり、期待と不安を抱えながらも、心がその先へ向かいはじめる転換点として描かれている。

フレーズごとの解釈

どこまでも白く続く 波の先には陽が昇る場所

どこまでも白く続く波とは、波頭が砕けて白く見える「白波」を指す表現で、風に煽られて不安定に揺れ続ける海の状態を示します。

つまり、主人公が置かれている人生の揺らぎや心の不安定さがどこまでも続いている情景です。

しかし、その不安定な波の向こうには「陽が昇る場所」があると歌われています。試練のただ中にいながらもその先に必ず希望がある、つまり、主人公は今まさに揺れの只中にいるからこそ、遠くに光を見出そうとしているのです。

まだ遠い遠い水平線に 色が満ちたら 夜が明けるまで どれくらいあるだろう

主人公は人生という航海を続けています。海は今の自分が直面している現実、空はこれから向かう未来を象徴していると考えられます。

一方、太陽は水平線から昇ってきます。太陽が希望の象徴であるなら、水平線は希望が最初に現実の中で姿を現す境界だといえます。同時に、水平線は今の自分にとって見えている世界の果てでもあり、現在の自分の限界を示す線としても機能しています。

「水平線に色が満ちる」とは、太陽が昇る直前にその気配が少しずつにじみ始める情景です。希望がまだ遠くにある段階から、静かに輪郭を帯び、未来が動き出す前兆が見えてきた瞬間を表していると考えられます。

しかし、歌詞では「色が満ちたら」と仮定形で語られ、続く「夜が明けるまで どれくらいあるだろう」となっていることから、夜明け(=希望が実際に姿を現す瞬間)はまだ訪れておらず、その到来まで時間を要することが示唆されます。

この状況における主人公の心境は、夜明けが訪れることを信じたい期待と本当に訪れるのかという不安が同時に存在する、揺れ動く状態にあるといえます。

2コーラス目Aメロ

ポイントまとめ

過去の自分は憧れを「叶うかどうか」で判断していた。しかし今の自分は、憧れとは自分と共に歩み続けるものであり、歩むほどに少しずつ近づくものだったと気づく。そして、その気づきが過去の自分への理解と自分自身の成長に繋がったことを示す。

フレーズごとの解釈

叶うわけなどないと思ってた
あの日の小さな憧れ
捨てずに願い続ければ いつかは
きっと近づいてくるのね

この一節では、「憧れ」を「叶うわけなどないと思ってた」と回想していますが、ここでは叶うものの代表例として「」を挙げ、「」との比較を通じてこの歌詞が示すメッセージを考察します。

まず、「憧れ」とは自分がこうありたい、こうなれたらいいと心の奥で抱かれる理想の方向性のようなものです。一方、「」は具体的な目標として明確に描かれ、それを実現するために主体的な努力によって到達を目指すものです。

いずれも自己の成長や向上心を促す原動力という点では共通していますが、「」が具体的な達成を目指す目標であるのに対し、「憧れ」は結果の有無で区切られるものではなく、歩みの中で少しずつ近づいていく方向に近い概念といえます。

以上をふまえて改めて歌詞を見てみると、過去の自分は「憧れ」を夢と同じように叶うかどうかで判断するものとして捉えていたため、「叶うわけなどない」と結論づけてしまいました。

しかし実際には、憧れは叶える/叶えないの二者択一で測るものではなく、心の中で捨てずに願い続けたことで、少しずつ自分の生き方や選択に影響を与え、そのプロセスを経て、憧れの方向へ近づいたことに気付いたわけです。

2コーラス目Bメロ

ポイントまとめ

「自分は自分のことを知らない」という気づきは、新しい自分と出会うための意志の芽生えを示している。そのプロセスを経て手にした羅針は、自分の内側にあった願いが示す生きる指針であり、未来へ歩き出す方向が初めて明確になる転換点として描かれている。

フレーズごとの解釈

自分は自分のことを知らない
まだ見ぬ君に会うために

「自分は自分のことを知らない」とは、自己否定ではなく、自分にはまだ気づいていない可能性や自己成長の余白を示す意味だと解釈しました。

ニュアンスとしては、こんな感覚に近いと思います。

「自分って、こんな新しい一面あったんだ……
まだまだ、自分のこと分かってなかったな。」

「まだ見ぬ君に会うために」についてですが、ここでの「まだ見ぬ君」とは、これから先の人生で出会う成長した未来の自分、いまはまだ知らない未知の自分です。

この二つを繋げ、歌詞が省略している心の動きを補うと、次のようになると考えます。

自分は自分のことを知らない。だからこそ、まだ見ぬ君(=新しい自分)に会うために前へ進もう。まだ気づいていない自分の可能性が、きっと未来で待っている。

では、「自分は自分のことを知らない」と気づけた理由はなんでしょうか。

それは、内省によって自分の心と向き合ったこと、そして他者との関わりの中で自分では見えていなかった一面が照らされたからです。

詳細については後述しますので、次の歌詞を見てみましょう。

手のひらの羅針が導く彼方へ
まだ見ぬ未来へ向かうために

ここで初めて、タイトルにもなっている「羅針」という言葉が登場します。
主人公はついに、自分が進むべき方向を示す生きる指針つまり「心の羅針盤」を手にしました。

そして

「まだ見ぬ未来へ向かうために」

という一節は、
「心の羅針盤」を頼りに、未来へ踏み出す意志が確かになった瞬間を描いています。

この二つのフレーズは、どのような関係になっているのでしょうか。
省略されている動詞を補って考えてみます。

手のひらの羅針が導く彼方へ(進む)方向(where)
まだ見ぬ未来へ向かうために(進む)目的(why)

この関係が示すところは、進むべき方向(where)と、進む理由(why)が揃ったとき、その歩みは「ただ前へ進む」だけではなく、自分の意志で選び取った意味のある前進へ変わるということです。

ここでいう「まだ見ぬ未来」とはどうなるか分からない、遠くて触れられない、未確定の世界のこと。
その先には、まだ見ぬ困難や試練が待っている可能性もあります。

それでも主人公は前に進もうとしています。
なぜなら、自分の中に生きる指針が備わったことで、自分が進む方向を自分で選べるようになったからです。

「心の羅針盤」があるからこそ、迷わず、不確かな未来を恐れずに踏み出せるのです。

2コーラス目サビ

ポイントまとめ

主人公は、まだ朝が来ていない=未来が確定していない状況の中で、自分の意志で選び取った未来のビジョンを「どうしても見たい景色」として描いている。その未来へ向かって歩き出す意志が固まった段階を示す。前を向いたことで「明日」を確かに感じ取り、未来を現実として捉えらえるようになったと考えられる。

フレーズごとの解釈

どうしても見たい景色 僕たちの朝を探しに行こう

「景色」とは、主人公が指針を手にしたことで初めて明確な色と形を帯びた未来のビジョンの比喩です。

主人公がそれを「どうしても見たい」と強く願うのは、その未来が初めて自分の意志で選び取った、自分らしく生きたい世界だからです。

「僕たち」とは、迷っていた過去の自分、今を生きる自分、未来へ向かう自分、そしてその変化を支えてくれた他者を含んだ共に歩む存在の総称として捉えられます。

「僕たち」に複数の自分が含まれる理由は、内省することで、人は過去の自分とも未来の自分とも向き合います。その対話の中で、自己は一人ではなく「自分たち」として存在します。だから「僕たち」という言葉には、他者と複数の自分が共に含まれるのです。

また、「僕たち」には支えてくれた他者の存在も含まれています。
なぜなら、自分では気づけなかった一面を照らしてくれるのは他者の存在が大きな力になるからです。

「朝を探しに行こう」とは、まだ朝が来ていない=未来が確定していない状況であっても、その未来へ向かって歩き始める意志が明確になった段階を示しています。

昨日ばかり振り返ってたけど
前を向いたら そこにはちゃんと 明日があるんだ

昨日ばかり見ていたせいで気づけなかった未来が、前を向いたことで今日の延長線上にある小さな変化=明日として初めて自分の前に姿を現した、という気づきの描写です。

「明日」は遠い理想ではなく、今の自分が実際に踏み出せる等身大の一歩です。その身近さゆえに、主人公は初めて希望を現実のものとして感じ取れるようになったと考えられます。

Cメロ

ポイントまとめ

孤独だと思っていた過去の自分が、これまで見たきた心の成長のプロセスを経て、自分を支えていた想いや声の存在に気づき、本当は一人ではなかったのだと振り返る場面。過去・現在・未来の自分、そして寄り添ってくれた多くの想いと共に、人生という長い時間をいっしょに進んでいく決意が力強く示されている。

フレーズごとの解釈

We will be together The wind is blowin' hard

直訳すると、「僕たちは一緒にいる 風が強く吹いているけれど」となります。
この “will” は「推量(〜だろう)」ではなく、意志(〜するつもりだ/〜していく)」の “will”です。
そのため、このフレーズを意訳すると、

「強い風が吹いていても、僕たちは一緒に進んでいく。」

つまり、逆境の中でも共に歩んでいくという決意を表す一節になります。

海原にたった一人で

人生という大きな海の中で、過去の自分は迷いや不安を抱え、進む方向も支えも見えず、自分だけが孤独に取り残されたように感じていた過去の自分を改めて振り返る表現です。

だけど本当は一人じゃなくて

過去・現在・未来の自分、そして自分を支えてくれた多くの存在が確かにそばにいて、
そのつながりに気づいたことで、自分は決して孤独ではないと実感したことを示しています。

 

声が聞こえる 

直前の「海原にたった一人で」では、孤独で広大な世界に一人という感覚が強調されています。しかし直後に「だけど本当は一人じゃなくて」と続くことで、孤独だと思っていたけれど、本当は支えがあったという転換が描かれています。

つまり、「声が聞こえる」とは、自分を支えてくれる人たちの応援や愛情が確かに心に届いた瞬間を表すフレーズだと考えられます。

さらにこの「声」は、他者からの声だけでなく、内省を通して気づいた自分自身の心の声、つまり、本当の願いや本心も含まれていると解釈できます。

 

数えきれない 想いと手を繋いで

自分を支え続けてくれた人々の想いや、本当の願いに気づいた自分自身の心の声、そのすべてが自分と手を繋ぐように支えてくれていることに気づいた瞬間を表しています。

主人公は、もはや一人ではなく「数えきれない想い」 と共に進んでいくことができるようになりました。

 

遥かな時 渡ろう いっしょに

「遥かな時」とは、過去・現在・未来という長い時間の流れ全体、すなわち人生そのものを象徴していると考えられます。

その時間のなかには、これまで出会い支えてくれた人たちの想いや、自分の中に見つけた本心、そしてこれから出会う誰かとのつながりも含まれています。

「いっしょに 渡ろう」という言葉には、孤独ではなく、自分を形作ってきたすべての存在と共に進んでいくという強い意志が込められています。

ラスサビ

ポイントまとめ

夜明けを告げる光が水平線に集まり、心の波も穏やかにきらめき始める中で、主人公は「僕たちの朝」という希望に満ちた未来が訪れようとしていることを実感する場面。これまでの経験とつながりを糧に、ここから本当の旅が始まると確信し、未来へ向けて力強く船出していく決意を描いている。

フレーズごとの解釈

どこまでもきらめく 波の先には陽が昇る場所
まだ遠い遠い水平線に ほら 集まる光

「集まる光」とは、夜明けが近づき、水平線の向こうで太陽の光が少しずつ集まりはじめる様子を表しています。その光が波に反射してきらめくことで、海の表情も1コーラス目とは変わり、白く荒れていた波ではなく、穏やかに光を受けて輝く波として描かれています。

これは、主人公の心の揺れが落ち着き、これから迎える未来が希望に満ちていることを示唆する描写だと考えられます。

 

僕らの朝が もうすぐ始まる
ここから始まる

「僕らの朝」とは、過去・現在・未来の自分、そして支えてくれた人たちと共に迎える
夜明けであり、希望に満ちた新しい未来の象徴です。そんな希望に満ちた朝がもうすぐ訪れようとしている、そんな瞬間を描いた一節です。

ここで重要なのは、「ここから始まる」というフレーズです。

これまでの解釈で見てきたように、主人公が積み重ねてきたすべての経験や内面の変化が「今この地点」に辿り着くための大切な過程でした。その上で、本当の旅はむしろ今から始まるという、主体的で前向きな出発の意志が込められているということです。

 

So sail away
どこまでもいっしょに

「So sail away」ですが、歌詞や詩的な表現としてよく使われるフレーズであり、「さあ、船出しよう」という意味になります。

「どこまでもいっしょに」は、過去・現在・未来の自分と自分を支えてくれた自分以外の他者を含めて、これからの航海をみんなで進んでいくという決意表明です。

 

We will be together now

「We will be together now」ですが、Cメロにも「We will be together」というフレーズが登場しています。この2つの違いは「now」の有無ですが、そのニュアンスははっきり異なります。

まず、①「We will be together」も②「We will be together now」も、どちらも “意志(〜していくつもりだ)” の will を使っています。
どちらも「一緒にいる」という意味は共通していますが、含まれる温度が違います。

① We will be together
未来を見据えた「どんな困難があっても一緒にいる」という強い決意・揺るぎない意志 が中心。

② We will be together now
「now」が入ることで、“さあ”“ほら” に近い呼びかけ・合図のニュアンスが生まれます。
意味としては、

「さあ、いま一緒になろう」
「この瞬間から一緒に進んでいこう」

となり、①の未来に向けた強い意志とは違い、「今、ここから始める僕たち」 という現在への着地に重心が移るのが特徴です。

We will be sailing away

「We will be sailing away」の意味は、「僕たちはこれから船出していく。」となります。
「So sail away」では、「さあ、船出しよう。」という出発の合図としてのニュアンスであるのに対し、「We will be sailing away」では、「今から出発する」だけでなく、未来へ向けてこの先も進み続けるという長い時間軸の意志という違いがあります。


つまり、今この瞬間に始まった新たな旅を、これから先も一緒に進んでいくという力強い締めのメッセージとして機能しているのです。

歌詞に込められたテーマの深掘り

ここでは、フレーズごとの解説で描き切れなかった視点を補い、歌詞に込められた考え方や主人公の内面の変化を、テーマごとに分けて整理していきます。

それぞれのトピックを独立して深掘りすることで、歌詞が示している意図や背景をより具体的に捉えられるようにする項目です。

 

「水平線」が示す自分の限界

水平線は、どれだけ船を進めても常に視界の果てにあり、今の自分が到達できる世界の限界として存在します。

しかし、前へ進むほど新しい海(新しい現実)と新しい空(新しい未来)が広がり、見える世界は確実に更新されていきます。そして太陽(希望)は、必ずその境界=限界線の向こう側から姿を現します。

水平線は、いまの自分の限界でありながら、進むことで越え続けていくべき境界であり、その限界(自分自身)は固定されず常に更新されることを象徴しています。だからこそ、希望はいつも自分の限界の向こう側からやってくるわけです。

「水平線」に向かう航海

水平線は到達できるゴールではありません。船がどれだけ進んでも水平線までの距離は変わらないため、辿り着くことはない場所です。

しかし、そこへ向かって進み続けることで、昨日まで見えなかった島が見えたり、新しい空や星が広がっていく。見える景色は確実に変わっていきます。

到達できないからこそ、水平線は永遠に進み続ける理由になります。その限界は固定された壁ではなく、進むほど更新されていく境界なのだという希望の証明でもあります。

だからこそ、その終わりのない水平線へ向かって歩み続けるためには、自分の指針が必要になります。過去・現在・未来の自分、そして支えてくれた人たちの存在と共に歩めるようになった今、主人公はこの果てのない航海を進み続けることができるのです。

 

「憧れ」と自分らしさ

前半で述べたように、「夢」が達成を目指す具体的な目標であるのに対し、「憧れ」は自分が自然と惹かれる理想の方向性を示すものです。

その「憧れ」という存在は自分らしさの源となります。なぜなら、自分がどんな価値観を大切にしたいのかを最も純度の高い形で映し出すからです。

つまり、自分がどんな姿に心を動かされるかが自分らしさの核を形づくっています。そのため、憧れは、人生の選択や行動の背後にある意思決定の基準となり、

・なぜその道を選ぶのか
・なぜその人に惹かれるのか
・なぜその行動を良いと感じるのか

といった根底の判断を支えます。

また、憧れは到達して終わるものではなく、生きていくプロセスの中で少しずつ近づいていく性質を持つため、人生のあらゆる局面で 「自分はどこへ向かいたいのか」 を示し続ける指針にもなります。

この持続性こそが、憧れが「自分らしさの源」となり得る理由だと考えられます。

 

「自分は自分のことを知らない」と気づけた理由

①内省によって自分の内側と向き合ったこと
②他者との関わりの中で自分では見えていなかった一面が照らされたこと

になります。より詳しく見ていきます。

①について、内省とは下記のような自分との対話を意味します。

・過去の経験を振り返る
・価値観を見直す
・何に心が動いたのかを観察する
・失敗や痛みの意味を考える

このようなプロセスを経て、自分の内側に潜む可能性や新しい一面、本心に気づき、自分は自分のことをまだ知らなかったことが分かるというわけです。


②について
他者との関わりとは、下記のようなことを指すと考えられます。

・他者の言葉が気づきを生む
・思いがけない一面を指摘される
・自分の影響力を知る
・役割や関係性の変化が自分を映す


このようなプロセスを経て、「自分はこう見えていたのか」という自分だけでは見えなかった領域に気付くことができる、というわけです。

つまり、内省だけでは独りよがりになり、他者だけでは依存になる。両方があることで、自分の中に新しい可能性が立ち上がるということです。

内側と外側から照らされた複数の自分を受け入れられたとき、変化への恐れよりも、未知への期待が勝るようになるわけです。

 

時間軸の連続性

1番Aメロでは、現在の自分が過去の自分へに向けて、未来は変えられることを「教えてあげたい」と優しく語りかけていました。これは<現在→過去>という時間の方向を持つ描写です。

一方、2番の歌詞では「まだ見ぬ君に会うために」と歌われ、<現在→未来>と歩き出しています。

つまり、この楽曲は、

・現在の自分が過去を救い
・現在の自分が未来へ進み始める

という時間軸の動きが連続し、過去、現在、未来の自分が一つの航路として繋がる成長物語として描かれているのではないか、ということです。

 

「心の羅針盤」と「BLUE COMPASS」というタイトルの意味

この項目では、タイトルにもなっている「羅針」という存在は何か、様々な角度から考察を行っていきます。

 

「心の羅針盤」とは?

主人公は、「心の羅針盤」が備わったことで、自分が進む方向を自分で選べるようになりました。「心の羅針盤」があるからこそ、迷わず、不確かな未来を恐れずに踏み出すことができます。

「心の羅針盤」は以下の3つの構成要素で説明できます。

①「価値観」——羅針盤の方位

大切にしたいものであり、生きる上で譲れない優先順位。外から与えられる基準ではなく、自分の内側で方向を決める拠り所となるもの。

 ②「あり方」——針そのもの

惹かれる方向へ自然と向こうとする姿勢・その人の心のあり方、自分らしさ。外側の期待や正解ではなく、自分の内側の声に素直である状態。

 

 ③「原動力」——針を動かす磁力

説明できないのに強く惹かれる好きの感情や願い、どうしても向かいたくなる衝動や行動の源泉となる内なる力。


心の羅針盤が動き出すために必要なことは何か?

心の羅針盤の3つの要素(価値観・・あり方・原動力)が揃っていても、それらが力を発揮するためには前提条件が存在します。

それは、

「自分は自分のことを知らない」と気づき、自己理解が深まること。

この気づきが生まれたとき、初めて心の内側に眠っていた指針の存在に光が当たり、針が動き始める準備が整います。そして、その状態へ向かうためのアプローチが、すでに述べた以下の2つという関係性というわけです。

①内省によって自分の内側と向き合うこと
②他者との関わりの中で自分では見えていなかった一面が照らされること

 

BLUE COMPASS」のタイトルの意味

まずは、タイトルにある「BLUE」が何を象徴するのかを考えていきます。
「BLUE」が一般期に意味するところは下記の通りです。

・心理学的象徴… 静けさ / 深さ / 内省
・文化的象徴… 海 / 空 / 無限 / 旅立ち
・感情の幅を持つ色… 悲しみや孤独の青(ブルーな気持ち)/希望や未来の青(青空、夜明け前の光)

このように「青」という色は、静けさと内省を象徴する深い青から、果てしない未来へ続く海や空の青へ、そして悲しみと希望の両方を抱えた感情の色へと、非常に幅と奥行きを持った色です。

そして「BLUE COMPASS」の歌詞は、まさにその幅を持った青の感情すべてを描いています。

前半では、

・変われることを想像できなかった過去
・思うように進めないもどかしさ
・夜明け前の海のような、深く静かな青

が描かれています。迷いと孤独の青です。やがて物語が進むにつれ、

・水平線に集まる光
・夜が明けることを待つ心
・きらめく波と朝の始まり

といった描写が登場します。それは希望へ向かう青、未来へ踏み出す決意の青です。

つまり「BLUE」とは、迷いも希望も含めた心のすべてを象徴する色であり、「BLUE COMPASS」とは、その揺れ動く青のすべてを抱えながら、未来へ進むための指針を示してくれる存在だと言えるでしょう。

 

前半のまとめと後半に向けて

以上のように、主人公は迷いや不安を抱えながら自分の心と向き合い、その過程で「心の羅針盤」となる指針を見いだしていきます。そして、「心の羅針盤」を手に、様々な自分や仲間の存在と共に、未来へと出航していく準備が整ったのです。

後半では、前半の記事をベースにいのりちゃん本人を歌詞に重ね、この10年間のいのりちゃんの歩みを振り返っていきます。

なので、前半はむしろ序文で後半がメインです。

BLUE COMPASS」が描いた物語と、現実の10年がどのように重なり合い、どこへ向かっていったのか、その答えを探していきます。