あけましておめでとうございまシャッス!
今年もよろしくお願いしまシャッス!
テッラです。
今回の記事では、現在開催されている「LIVE VISION 2025-2026」のコンセプトや、開幕曲・本編ラスト曲・アンコールラスト曲の選曲理由について、私なりに深掘りしてみました。
また、それらを通して、水樹奈々さんはどんなアーティストなのか、私にとって水樹奈々さんはどんな存在なのか、改めて原点から考えています。
あくまで一人のファンとしての感想であり、考えが浅い部分も多々あるかと思いますが、温かい目で見て頂ければと思います。
はじめに
今回の記事は、以下の内容で構成されています。
①「LIVE VISION」のテーマと新しいことに挑戦する意義
②歌を歌うことの意味と「LIVE JUNGLE」との関係
➂開幕曲・本編ラスト曲・アンコールラスト曲に込められた意味
④私と奈々ちゃんとの関係性
また、それぞれの項目について、要点を以下のように整理しました。
①「LIVE VISION」のテーマについて
・何か特定の到達点を示すものではなく、「どう進み続けるか」という姿勢
・新しいことに挑戦し続けるという覚悟と、その選択の意味
②歌を歌うことの意味と「LIVE JUNGLE」との関係
・歌うことは、奈々ちゃんにとって生きることそのもの
・「LIVE VISION」は、「LIVE JUNGLE」で得た「両想い」という確信を土台に成り立っている
③各楽曲に込められたメッセージ
・「UNLIMITED BEAT」…「I've got your back」に象徴される、最前線で戦い続ける奈々ちゃんの決意
・「ツバサ」…スタッフに対して込められた想いと、「主体性」と「並走」のメッセージ
・「Vitalization」…歌を通じた活性化によるエネルギーの循環
④私と奈々ちゃんとの関係性
・奈々ちゃんをいつの間にか「遠い存在」にしてしまっていたこと
・奈々ちゃんにとっての「夢」と、その在り方について
以上を踏まえ、本編では、これらの内容について具体的に見ていきます。
「LIVE VISION」のテーマと新しいことに挑戦する意義
まず、「LIVE VISION」のテーマについて、ツアー中の奈々ちゃん本人の発言を以下のようにまとめました。
<ツアーコンセプトの全体像>
・過去・現在・未来が一直線につながり、ライブを通してそれを追体験する。
・未来を見渡し、その未来の姿をみんなと一緒に見つけていく。
<これからについて>
・守りに入ることなく、攻めの姿勢でガンガン突き進んでいく。
・みんなと一緒に、楽しいこと、ワクワクすること、新しい扉を開いていきたい。
これらの発言から分かるのは、共有したいビジョンが何か特定の到達点を示すものではないということです。
つまり、「どこにたどり着くか」ではなく、「どう進み続けるか」に重きが置かれています。
このような新しいことにチャレンジし続ける姿勢は、奈々ちゃんがこれまで一貫して大切にしてきた姿勢でもあります。
したがって、奈々ちゃんが共有したいと語るビジョンとは、まだ地図に載っていない場所であり、まだ見たことのない景色であり、今の姿勢で進み続けた先に結果として立ち現れる景色なのだと考えました。
では、新しいことにチャレンジし続ける姿勢について、深掘りして考えてみます。
新しいことに挑戦する意義
現在、声優アーティストを取り巻く環境は、以前と比べて厳しさを増していると感じています。
例えば、
・アニメタイアップの一般アーティストの増加
・VTuberの台頭
・コロナ禍によるライブ環境の変化
・オタク文化の細分化
など
いずれも、私自身の体感に基づく部分はあります。しかしながら、声優アーティスト業界全体がかつてのような右肩上がりの状況ではないという点については、一定の共通認識があるのではないでしょうか。
奈々ちゃんは、これまで一貫して新しいことへのチャレンジを大切にし、実際に数多くの挑戦を実行・実現してきました。
ただし、コロナ禍以前の右肩上がりの環境と現在のような状況とでは、同じ「新しいチャレンジ」であっても意味合いは大きく異なります。
現在において新しいことへ挑むという行為は、より大きなリスクを引き受ける選択であり、だからこそ、その一つ一つが持つ重みも増しているのだと思います。
さらに言えば、今は「これをやれば成功する」という分かりやすい正解が、以前よりも定まりにくい混沌とした時代でもあります。
そのような状況の中で新しいことに挑戦するというのは、単に成果を求める行為ではなく、手探りのままでも前に進み続ける姿勢を選び続けることだと言えます。
だからこそ、今の奈々ちゃんが語る「新しいことへのチャレンジ」とは、結果が約束された挑戦ではなく、正解が見えない時代においても、自分の表現を更新し続けるという、極めて覚悟のいる選択なのだと感じました。
歌を歌うことの意味と「LIVE JUNGLE」との関係
奈々ちゃんにとって歌を歌うということ
今回のツアーで奈々ちゃんは、「77歳ライブまで歌い続ける」ということについて繰り返し語っています。
今までも何度か語ってきたことではありますが、奈々ちゃんにとって「歌を歌う」ということがどのような意味を持つのか、原点に立ち返って改めて考えてみました。
自著『深愛』では、幼少期の体験について、次のような記述があります。
どこへ行っても喜ばれ、拍手され、頭をなでられた。時に、私の小さな手のひらに、お金を包んだ紙やティッシュがねじ込まれることもあった。いわゆる〝おひねり〟だ。
子供ながらに、なんだかいいことをしている気分になったし、とてもうれしかった。
周りの大人たちはいつも楽しそうに、私の歌をよく聴いてくれた。
これは、自分の歌が誰かの喜びになること、そしてそのこと自体が、自分にとっての喜びにもなっていたことを物語るエピソードです。
これは、自己肯定感と他者反応が強く結びついた原体験であり、奈々ちゃんにとって「音楽とは何か」という感覚のベースになった体験だと考えられます。
また、別の箇所では、奈々ちゃんが求める音楽の形について、次のように語られています。
どんなに楽しいことをしていても、どんなに好きな歌をうたっても、それを喜んでくれる人がいなければ、私の存在価値はないも同然。
一方通行では意味がないのだ。
双方向に想いを行き来させられるものが、私の求める音楽の形。
この言葉から分かるのは、奈々ちゃんにとって「歌を歌う」という行為が、単に表現することそのものではなく、歌を届ける相手がいて、さらにその相手と想いを交換するという双方向の関係性によって初めて成立するものだということです。
そこには、歌い手と聴き手との相互補完的な関係が前提としてあります。
また、「私の存在価値はないも同然」とまで言い切っている点も、見逃せません。
この言葉からは、歌を通して他者に想いを届けることが、奈々ちゃんにとって、自身の存在理由や生きる理由に深く結びついているということが読み取れます。
以上のように、ファンとの密接不可分な関係性というのは、今回のツアーで語られていた「みんなと一緒にビジョンを見る、共有する」というテーマとも関連しています。
この点について、昨年行われた「LIVE JUNGLE」を振り返りながら、改めて深掘りして考えてみたいと思います。
「LIVE JUNGLE」と「LIVE VISION」の関係
ファンに歌を届けること、そして歌を通して想いを交換し合うことが、自分にとって生きる大きな理由になっている。
この前提に立って考えると、コロナ禍による分断は、奈々ちゃんにとって単に活動が大きく制限されたというだけでなく、孤独感を深め、自らの存在理由そのものを揺るがしかねない事態だったのではないかと、今あらためて感じています。
そのような状況の中で、「LIVE RUNNER」から生ライブが解禁され、「LIVE PARADE」ではマスクの制限がありながらも、初めて声出しが可能となりました。
コロナ禍によって一度は大きく断絶されたファンとの関係性も、ライブを重ねていく中で、少しずつその絆を取り戻していったように思います。
そして「LIVE JUNGLE」では、「共存と融合」「自分らしさ」「ありのままの自分」といったテーマが掲げられ、セットリストにもコールし合える楽曲が数多くラインナップされました。
以前と同じような声のボリュームや熱量、一体感を取り戻すことができるのか。
コロナ禍によって価値観を大きく変えられたファンと、もう一度、確かな絆を結び直すことができるのか。
すべての制限が解除され、まったくごまかしの効かない状態で、そうした問いを本当の意味で突きつけられた場が、「LIVE JUNGLE」だったのではないか思います。
そして、その答えが、ダブルアンコールで奈々ちゃんが流した涙だったのではないかと。
このときの涙について、奈々ちゃんは後に次のように語っています。
まさに感無量。細胞が震えた。(中略)ライブを通して伝えたかったメッセージが伝わった。両想いというのが凄く嬉しくて。
この言葉を踏まえると、その涙は、「歌によって想いを届け、歌を通して想いを交換し合う」という、奈々ちゃんが長年大切にしてきた音楽の形を、本当の意味で取り戻せた瞬間だったからこそ溢れたものだったのではないかと感じます。
そしてそれは、ファンと共に信じ、歩んできた道が決して間違っていなかったということを、心の底から確信できた涙でもあったのではないでしょうか。
さらに、幕間映像で描かれた、奈々ちゃんとロボットとの対話も重要です。
ロボットの「もう頑張るのやめたら?」という問いに対し、奈々ちゃんは次のように語ります。
「私も一人でいると、もうダメかもと思ったり。逃げ出したくなるし泣きたくもなる。全部、てーってしたらどんなに楽か。でもね、君といると力が沸き上がってくる。やんなきゃって思う。」
ここで語られているのは、強がりではなく、一人では折れそうになる弱さと、誰かと共にいることで前に進めるという実感です。
歌を歌うことが他者との双方向的な関係性の中で初めて成立するものだとするならば、この言葉は、ファンの存在が奈々ちゃんにとって、行動を起こし続けるための原動力そのものになっていることを、率直に示しているように思います。
だからこそ、「LIVE JUNGLE」という場で、声や熱量、一体感を通じてその関係性が確かに存在していることを実感できたとき、「伝えたかったメッセージが伝わった」「両想いだった」という確信が、あの涙として溢れ出たのではないでしょうか。
そして、歌うことの意義をあらためて確認し、ファンと「両想い」であることを確信できたからこそ、その確信を前提にして、未来の景色を一緒に見つけていく旅をこれからも続けることができる。
「LIVE JUNGLE」と「LIVE VISION」との間には、そのような関係性があると考えました。
開幕曲・本編ラスト曲・アンコールラスト曲の意味
開幕曲に「UNLIMITED BEAT」が選ばれた理由
これまで見てきたように、声優アーティストを取り巻く環境は厳しさを増しており、また、明確な正解が見えない混沌とした時代でもあります。
そのような状況の中にあっても、守りに入るのではなく、攻めの姿勢で新しいことに挑戦し続けること、そしてファンの声がある限り最前線で戦い続けること。
そうした決意表明のメッセージが込められているからこそ、この曲が開幕曲として選ばれたのではないかと考えました。
特に私が注目したのは、サビにあたる次の歌詞です。
I've got your back
だから戦うんだ (unlimited beat)
僕達は上を向いて (unlimited beat)
英語部分を直訳し、さらに省略されていると考えられる語を補うと、次のようになります。
I've got your back(あなたの背中は私が引き受けている)
だから戦うんだ
僕達は上を向いて(進む)
まず、「I've got your back」について掘り下げます。
「I」を奈々ちゃん自身、「you」をファンと定義すると、このフレーズは「奈々ちゃんがファンの背中を引き受けている」となります。
奈々ちゃんが最前線に立って戦う役割を担っている以上、ここで言う「背中」は物理的な意味ではなく、立場・責任・信頼といったものを指しているといえるでしょう。
したがって、この場合の「I've got your back」は、「ファンみんなの想い・期待・居場所を背負う」という意味になると捉えました。
さらに、直後の歌詞である「だから戦うんだ」とのつながりを踏まえると、両者は次のようにまとめることができます。
ファンみんながいるから、私は戦う。
ファンみんなの背中を支えている。その覚悟があるから戦う。
ファンみんなから託された想いを背負っている。だから戦う。
続いて、「僕達は上を向いて(進む)」についてです。
ここで示されている「上を向く」という表現は、その姿勢や意志を奈々ちゃんとファンが共有していることを意味していると考えられます。
最前線で戦うのはあくまで奈々ちゃんですが、その戦いに意味を与え、同じ未来を向く当事者としてファンが存在している。
この歌詞は、そうした関係性を表しているのではないでしょうか。
「ツバサ」が示すツアーコンセプト
まず、改めてツアーコンセプトを整理すると、以下の二点になります。
①過去・現在・未来が一直線につながり、ライブを通してそれを追体験する。
②未来を見渡し、その未来の姿をみんなと一緒に見つけていく。
①過去・現在・未来が一直線につながる、という点について
歌詞には、
躓いた過去も 明日への糧になるように
弱さも受け止め踏み出すんだ
とあるように、過去を否定するのではなく、それをありのままに受け止め、糧として未来へつないでいくというメッセージが込められています。
この点は、「過去・現在・未来が一直線につながる」というツアーコンセプトと強く共通しています。
また、
君といた あの日を忘れない
大切なものは心-ここ-にあるから
君といた あの日を忘れない
何があっても揺らぐことはない
とあるように、この楽曲では「出会いと別れ」も重要なテーマとして描かれています。この点について、奈々ちゃんはインタビューで次のように語っています。
別れは寂しいものだけど、その人との出会いによって、色んなものが自分の中に息づいているということを書けたらいいなと思いました。
つまり、過去の出会いによって今の自分が形づくられ、その積み重ねが未来への力になっていくということであり、この考え方もまた、「過去・現在・未来が一直線につながる」というコンセプトと一致していると言えるでしょう。
ところで、先日行ったライブの打ち上げの場で、奈々ファンの友人から「この曲は三嶋さんに向けて歌った曲ではないか」という意見がありました。
実際、これまでプロデューサーとしてスタッフ欄に名前が記載されていた三嶋さんは、このライブツアーからスタッフ欄に名前が見られなくなっています(パンフレットにて確認)。
また、ライブ現場に同行していた姿も確認されておらず、三嶋さんが常務取締役に就任し、それに伴う組織改編によって現場を離れたのではないかと推測されます。
さらに、PAスタッフをはじめとした現場スタッフにも世代交代の動きが見られ、これまで「家族のような存在」だったスタッフとの別れも、少なからず経験しているものと思われます。
アーティスト活動を続けていく以上、そうした別れは避けられません。
それらを否定するのではなく、糧として未来につなげていくという奈々ちゃん自身の想いも、この楽曲には込められているのではないかと感じました。
上記に関連して、こちらのツイートも大変興味深い視点だと思ったので引用します。
②「未来をみんなと一緒に見つけていく」という点について
ある別の奈々ファンの友人が、次のような問題提起をしていました。
「未来を見渡し、その未来の姿をみんなと一緒に見つけていく。」というコンセプトと、歌詞にある「限りない未来を描くのは他の誰にもできないから/僕だけにしかできないから」という表現が、少し噛み合っていないように感じる。
確かに、一見すると対立しているようにも見えます。
限りない未来を描くのは
他の誰にもできない/僕だけにしかできない
ここで語られているのは、人生や未来を誰かが代わりに決めることはできず、逃げずにそれを引き受けるのは自分自身しかいない、という主体性の肯定です。
一方で、「未来の姿をみんなと一緒に見つけていく」という言葉は、未来の正解がすでに決まっているという意味ではなく、同じ時間、同じ空間を共有しながら、ともに進んでいきたいという関係性を示しています。
つまりここで語られているのは、「決める主体」と「共に進む相手」は別である、ということです。
「みんなと一緒に」という言葉は、相互依存を意味するものではありません。
自分の人生の舵は自分が握るという主体性を前提としたうえで、同じ方向を向き、未来に向かってともに歩んでいく関係性を表しているのだと考えました。
「Vitalization」に見るファンと奈々ちゃんの関係性
アンコールラストに配置される楽曲は、「ここで終わり」ではなく、「ここからまた続いていく」というメッセージを担うことが多いと考えられます。
その点を踏まえると、
何も恐くない 君と二人なら
捻れた時間さえも 奇跡に変える
その笑顔だけは決して離さないよ
信じて 繋がる鼓動
まだ見ぬ世界へと
さあ、行こう…
というサビの歌詞は、ファンと一緒であれば、先の見えない未来へ進むことも恐くないという未来志向の力強いメッセージとして受け取ることができます。
また、
飛び立とう 声を重ねて
空が待っているから
という一節も、奈々ちゃんとファン、それぞれの声を重ねることで未来へ飛び立っていくという関係性を示した表現になっているのでないかと考えました。
一方で、「Vitalization」について、奈々ちゃん本人がMCで「これからも絶唱したい。みんなの日々の活力になりたい。」と語っていたことも印象的でした。
この発言を踏まえると、奈々ちゃんの歌によって活性化されたファンが、今度は声や熱量によって奈々ちゃんに活力を与え、そのエネルギーの交換と循環によって、さらに声を重ね、響き合いながらこれからも両者の関係性が続いていく。
そうした姿が、この曲には重ねられているように思います。
それは、25周年を迎えたあとも変わらない、奈々ちゃんとファンとの理想的な在り方を示しているのではないでしょうか。
私と奈々ちゃんとの関係性
がむしゃらに走り続けてきた奈々ちゃん
「LIVE VISION」に参加するにあたり、ライブを通して示されるビジョンとは何か、そして奈々ちゃん自身が目指しているビジョンとは何なのかという点が、私にとって大きな関心事でした。
しかし、ツアー中のMCで語られたコンセプトは抽象的で、奈々ちゃんが考えるビジョンについて、明確な答えを得ることはできませんでした。
ここでふと思ったんです。なぜ、明確なビジョンを奈々ちゃんに一方的に求めているんだろう。それはとても受け身な姿勢だったのではないか、と。
「未来の姿をみんなと一緒に見つけていきたい」と言っているのだから、ただ答えが示されるのを待つのではなく、分からないのであればもっと自分の頭で考え、一ファンの端くれではあるけれど、奈々ちゃんと共有したい私自身のビジョンをお便りなどでこちらから伝えていく。そういう姿勢も大事なのではないか。
こうした小さな気づきをきっかけに、自分と奈々ちゃんとの関係性について、改めて一から振り返ることになりました。
そこで分かったのは、奈々ちゃんという存在を、知らず知らずのうちに遠いところに追いやってしまったのではないか、ということです。
もちろん、アーティストとファンという関係には様々な意味で大きな隔たりがありますし、ストイックに努力を続けてきた奈々ちゃんと自分とでは、比べものにならないほど大きな差が広がっています。
ただ、そうした現実は現実として受け止めたうえで、一人の人間として向き合ったとき、もっと身近な存在として奈々ちゃんを感じていたはずだったのではないか、と。
毎年のようにライブが開催され、そのたびに次のライブが告知され、会場規模もどんどん大きくなっていきました。
新しいことに絶えず挑戦し、夢を次々と叶え、声優アーティストという枠を超えた存在になった奈々ちゃん。
その歩みの中で、いつの間にか、奈々ちゃんのことを先導者として眩しくなるほどの光を放つ存在、ただ一方的に自分を励ましてくれる存在として見てしまっていたように思います。
けれど、奈々ちゃん自身がインタビューやMCで語っているように、常に目の前のことに全力投球で、がむしゃらに走り続けた結果として今があるんですよね。
最初から何でもできたわけじゃなく、むしろ不器用。それでも、まわりからどんなに否定されようとも一途に夢を信じ、誰かに喜んでもらいたい一心で歌を届け続けてきた。
その過程で、数え切れないほどの壁にぶつかりながらも、様々な困難をひとつひとつ乗り越えてきたのだと思います。
夢を実現できたかどうかはもちろん大切ですが、その過程自体は、私たちが日々を生きる中で積み重ねている歩みと、そんなに変わらない。
アーティストとファンという違いはあれど、もっと同じ目線で、同じ時代を一生懸命生きている仲間のような存在が奈々ちゃんだよね、と。
奈々ちゃんと夢
ところで、奈々ちゃんの楽曲には「夢」というワードが頻出するじゃないですか。
奈々ちゃんの作詞曲をいくつか挙げると、たとえば次のような楽曲があります。
「JET PARK」
もっともっと走って 強気にたくましく
常識なんて 蹴っ飛ばし
ぜったいぜったい信じて 誰にも負けない
未来 掴もう 自分-オリジナル-の夢
「POP MASTER」
夢に恋して Yes! POP MASTER
カンペキな虹にDiving Diving Diving
無敵の笑顔で
不可能な程燃えるでしょ? Are you OK?
どこにもない未来創り出すよ(今すぐ)一緒に
「全力DREAMER」
「叶わないから夢」なんて
強がって下らない言い訳並べて
一途な想いには敵わないと知るのさ
努力-当たり前-重ねることは難しいけど
一喜一憂楽しみながら
動き出せたら 今日は晴々
上記の3曲は夢が叶うかどうかという結果よりも、
夢を持つことが生きる力になる。
迷いや不安があっても、夢があるから前に進める。
結果がどうなるか分からなくても、夢を掲げる行為自体に意味がある。
といった、姿勢や在り方を重視したメッセージを伝えているように感じます。
つまり、プロセスや姿勢、あり方の大切さを、楽曲を通してずっと発信し続けてきたのが奈々ちゃんであり、それは今もずっと変わってない。変わったのは自分の方だったのかもしれないと思い至ったのです。
ツアー期間中に、自著である「深愛」を読み返したり、自分の原点となったライブである「LIVE UNIVERSE」や「LIVE MUSEUM」を見返したりしながら、自分にとって奈々ちゃんはどんな存在だったのかをずっと考えていました。
その過程で、いつの間にか忘れていた大切な感覚を、少しずつ取り戻せた気がしています。
正直なところ、そこそこ長い間ファンをやってきたにもかかわらず、なぜこんな当たり前のことに気付かなかったのだろう、という反省の気持ちもたくさん浮かんでいますw
汗顔の至りではあるのですが、自分の失敗や反省も記録として残しておくことは大事だなと。
大晦日にオタク忘年会を行いまして、2025年の総括といったことも話していたのですが、私にとっての2025年は、奈々ちゃんとの関係性をもう一度見つめ直すことができ、絆レベルを引き上げることができたのが最も大きな収穫です。
ツアーは後半に7公演を残しています。国内千秋楽を迎えた頃には、楽曲に関する考察は修正を余儀なくされる部分もあるかもしれません。
一方で、奈々ちゃんに対する距離感は間違いなく縮まっており、以前よりもライブを楽しめている実感があります。
これから先にはどんな私が待っているのか。
とても楽しみです。
あとがきと謝辞
お疲れシャッス!
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
私が今まで書いてきた記事は分析や考察が中心で、今回のようなタイプの記事は初めてだったので、中身よりもどのような構成で書いたら良いかということについて悩み、書き始めるまでに大変な時間を要しました。
ただ、25周年のツアーということもあって、ライブについてだけでなく、奈々ちゃんや、奈々ちゃんと自分との関係性についてここまで深く考えたのも久しく無かったので、どうにかして記録に残したいと思いました。
みなさんにとっては、「奈々ファンなら誰でも知ってる今更な話で、何を当たり前なこと言ってるんじゃ!ボケがよ!」と思う部分は多々あったかと思いますが、私としては、ツアーコンセプトを自分自身で実践できたんじゃないかとそれなりに満足していますw
今回のツアーでnoteがなぜか流行ってますが、普段のツイートだけでなく、noteの情報も、私が様々なことを考えるにあたって、大変有益でした。
また、ライブ終演後の打ち上げで、いろんな有識者の方々と言葉を交わしましたが、どの時間も自分の考えを深めるための素晴らしい時間となりました。
有益な情報をくれた奈々ファンの皆様、仲良くしてくださる奈々友の皆様、いつもありがとうございます。
奈々ちゃんのインタビューで、
いろんな方にビシバシ鍛えていただいて、まだ見たことのない世界を目指す。
神様から見たらまだまだひよっこなんだなと思ったので、もっといろんなことを勉強して、さらに進化できるようにがんばる。
とあったので、私自身も「現状に満足せず、常に学ぶことを忘れようにする」と決意を新たにした次第です。
ということで、2026年も、跳んで、跳んで、跳んで、跳んで、跳んでまいります!
・参考文献
natalie.mu
www.lisani.jp
ananweb.jp
深愛 (しんあい) (幻冬舎文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/4344421353
llterra98.hatenablog.com